ダムド 02

ジョナサンとの出逢い

「アサマ、高等教育はどうするつもりだ?」

 奉仕労働に入ってしばらく経ったころ、労働監督官に聞かれた。作業は毎日ヘトヘトだったが、いくらかそれにも慣れてきた頃だ。

 労働監督官の名はジョナサン・ゾラ。彼はは短く刈り上げた頭にいくらか白髪が交じっていた。

 それがかえって年齢を混乱させたが、顔立ちだけを見れば二十代前半といっても通用するように見えた。彼は、サンビカの現場スタッフとは異なり、制服を着崩さず、身なりを整えている印象があった。

 それまでジョナサンとはほとんど面識がなかった。労働監督官は、奉仕労働の若者たちをまとめる立場だ。彼は決まってしかめ面で作業場を見回りにきた。

 俺と同じような奉仕労働者は1人や2人ではない。その中にはやっかいなヤツらもいる。自然と眉間にしわがよるのだろうと想像していた。

 真面目に役務をこなす俺のようなタイプは、サンビカの現場スタッフと話すことはあっても、労働監督官と話し合いを持つことはなかった。

呼び出し

 その日、山から製材所に戻ると、ジョナサンからの呼び出しがあった。

 奉仕労働では、作業が著しく滞っている者、つまり、ほとんど仕事がこなせていない者には、監督官の指導が入る。場合によっては、そこで奉仕労働期間の延長が検討されることもある。

 仕事については他の悪ガキ連中よりもこなしている自信があった。それだけに呼び出される理由がわからなかった。

 それに奉仕労働者は通常、製材所に併設された監督官室で指導を受ける。この時は「製材所に出向くので待機」と指示があった。

 夕方、俺は指示通り、製材ラインで作業の進捗状況をチェックして待っていた。

 いつものようにモーター音が鳴り響き、空気中を漂う木くずがベタついた皮膚やノドにとところ構わずはりつく。

自主退学

 少し緊張していたのかもしれない。ジョナサンに声をかけられるまで、彼が後ろに立っていることに気づかなかった。

「ご苦労、そのままで」

 ジョナサンは俺の胸あたりに手のひら上に向けて差し出した。よくわからずにいると、彼の人差し指は俺が手にしていた作業工程表に向けられた。

 慌てて工程表を渡すと、彼はそれに目を落としながら、件の「高等教育はどうするつもりだ?」という質問をぶつけてきたのだ。

 「自主退学しました!」

と、大きな声で返答した。

 製材所ではモーター音で声がかき消されてしまうことがあるので、自然と大きな声になる。俺は質問の意図はわからなかったが、とりあえずありのままを話した。ジョナサンは工程表から視線をはずさず言った。

「違うな。質問の仕方を変えよう。アサマは奉仕終了後、高等教育を受け直すつもりなのか?」

 数秒迷って、再び大きな声で「わかりません!」と答えた。すぐ近くで作業する製材スタッフがこちらを向くのがわかった。

 実際のところ、先のことはほとんど考えてなかった。奉仕労働の間はしっかりやって、おふくろに仕送りをする。良い話があれば、国に斡旋してもらった仕事に就く。

 当面はそれぐらいしか頭になかった。俺は高等教育をあきらめたんだ。ジョナサンは顔を上げると、工程表を返した。

「お前の身体能力なら、役務を終えた後に私の班に加えてやってもいい。ただ、それを進言するには、お前が見かけ上でも更正したと説明ができる材料が欲しい。奉仕労働期間中に高等教育課程もこなせるならば、それが大きな材料になるだろう。だからどうするつもりなのか質問したのだ」

国家官僚

「サンビカで雇ってもらえるということですか?」

「少し違うが、アサマはここで働きたい、ということか?」

そうではなかったが、返事に仕方に迷っているとジョナサンは続けた。

「いずれにせよ国家官僚になりたいか、ということになる。そのためには高等教育課程が必須だ。この話はそれをパスできた上での話だ」

 実際、教育課程はある程度のところまで進んでいた。中途半端な状態にあるのは間違いないが。ジョナサンの言葉を聞きながら、製材機のモーター音が大きくなっていくように感じた。

 俺は、違法なクライムレースに夢中になり、高等教育課程を自らあきらめた。そして、そのレースに出場していたせいで捕まり、いっぱしの犯罪者になった。それが国家官僚だって?

 勉強は好きではないが、苦手ではなかった。高等教育課程を放りだす直前も、勉強についていけなかったわけではない。クライムレースの魅力にとりつかれていた。

 そういえば、おふくろは息子が高等教育課程を放り出したことを知ると、怒ることも悲しむこともせず、しばらくの間、口を開けたまま閉じることを忘れた。

 フリーランスの運び屋だったオヤジは高等教育を受けていない。しかし、その必要性は何度も聞かされていた。

 この国では、多くの人が国家と、公社に代表される国の関連機関で働く。国や公社が民間に発注するわずかな仕事のうち、特にフリーランス向けの仕事は高等教育課程を受けた者が優先される。仕事ができたとしても高等教育課程を受けていなければ、下請けや孫請け、リスクの高い危険な仕事に手を出さざるを得ないのが現状だった。

 奉仕労働の間は逃げだしでもしない限り、山は降りられない。もしこの期間に高等教育課程が受けられるのならば、それは俺にとって願ってもないチャンスなのかもしれない。ただ、犯罪者の俺が刑期の間にそんなことできるのだろうか。

製材所

 ジョナサンは俺を見たまま、何も言わない。やがて、沈黙に耐えきれなくなった。

「俺にできますか? 奉仕労働もありますよね」

 口の中の空気を飲み込むと、ノドにはりついて木くずがチクチクとした。空気はすぐに外に出たがったが、それを少し我慢するように、ジョナサンの次の言葉を待った。

「私ができると言えばなんでもできるのか?」

 ジョナサンはまっすぐに俺も見つめたまま言った。

「お墨付きがあればなんでもできるほど、お前は優秀なのか? ならばなぜ違法レースなんてもので捕まり、自らの人生をおとしめた? こうして今なぜ、サンビカで奉仕活動を強いられているのか、それがわかるか?」

 抑揚のないジョナサンの言葉に、少しだけ熱が感じ取れた。俺は言葉の使い方を忘れてしまったかのように何も言えず、気持ちだけがはやった。彼はそれに気づいたのか、再び冷静な言い方に戻った。

「私の質問もかなり例外的なもので、唐突であることは否めない。そのままの意味で受け取ってもらって構わないが、とにかく返事は明日にしよう」

 ジョナサンはきびすを返し、その場を離れた。その背中に思わず「すいません」と口にしたが、モーター音のせいか、離れていく彼の背中にその言葉は届かなかったかもしれない。

 そこでそれ以上の話は続かなかった。これでこの話は終わった、と思った。

 聞き耳を立てていた製材所のスタッフが再び作業に取りかかる。製材機のモーターがまた大きなうなりをあげた。木くず混じりのほこりっぽい空気は相変わらずで、いつも以上に口の中にはりついた。

エディター。 学生時代にソフトバンク(現在のガンホー)で働きはじめ、情報処理や撮影・バイヤーを経験。インプレスに入社し記者・編集者・デスク。外資系メディアグループのAOLオンラインに転じ、Engadget Japaneseに参加。メディアをリブートするためリテンション施策、イベントディレクション、動画事業立ち上げ担当。動画スタートアップのViibarにてbouncyに参加。事業責任者としてbouncyを朝日新聞社に事業譲渡し、現在は朝日新聞社にてbouncyの編集長