深夜の立ち食いそば屋は、おばちゃんがネギを刻む音とラジオの音だけが聞こえた。音の邪魔をしないよう「春菊、そばで」とだけ伝えた。
そこへ道路工事の警備をしていた小柄のおじいさんが入ってきた。
おじいさんは券売機の前で「何にするかな?」「これは押せばいいの?」「セットはないの?」と矢継ぎ早に質問した。
すると、おばちゃんはなにか面倒くさそうに「はい」とだけ答えた。一体何に対するYESだったのかわからないけど、それからおじいさんは天ぷらそばを頼んで「あ、うどんに変えて」と言った。
おばちゃんはそれに返事をすることはなかったが、おじいさんはうどんにありつけたようだった。
再びラジオとネギを刻む音だけになった。時折、おじいさんのうどんのすする音が聞こえて「うどんでよかった」と独り言が聞こえた。
こちらはそばの汁をぐいっと飲み干すと、カウンターに器を返した。おばちゃんに「ごちそうさま」を言って「ここはうどんもよく出るんですか?」と聞いた。何かに突き動かされた気がした。
いわく、夜はうどんの人が増えるそうだ。夜の客はタクシーのドライバーが多いらしい。
かばんを背負いながら、警備のおじいさんに「よく出るみたいですよ、うどん」と言った。おじいさんは器から顔をあげて、会釈でそれに答えた。
次はうどんにしてみよう。そう思った。