午前中の仕事を終えて、お昼ごはんを求めて街に出た。自転車にまたがると、すぐに公園で遊ぶ子供達の声が聞こえてきた。
日があるうちは暖かいが、日陰は寒さが気になる。すっかり秋めいてきた。そんなことはお構いなしに、飛び跳ねる子供達のエネルギーがうらやましい。
団地の角を曲がると、石焼き芋の移動販売車が止まっていた。この秋、はじめて出会った季節を感じる車だ。
見れば、そのかたわらで杖をついたじいさん達が口論している。芋屋のおじさんはどうしたものか? とそれを困った顔で見守っている。
二人のじい
なんとなく気になって自転車を止めた。スマホをいじるふりをしてその場にたたずむ。
じいさんたちの背格好はよく似ていて、中肉中背でどちらも愛嬌のある顔立ち。背中はそこまで曲がっていないが、足腰にはガタが来ていそうだ。80代前半といったところか。
片方はニット帽、片方は杖をついていた。最近の寒さのせいか、二人ともダウンベストのようなものを羽織っている。片方のじいさんはサンダルだから、きっと近所の人だろう。
口論
口論の内容はきわめてどうでもいいものだった。
片方のじいさんは、最近の焼き芋は500円出しても買えないと主張。もう一方のじいさんは「そんなことないだろ」と反論し、互いに
「なんだと!」
「なにを!?」
とやりあっている。
500円で買えないとするじいさんは、都心部で700円で売っていたことを根拠に、買えないことを話す。言葉の合間に「そんなことも知らないのか」といった挑発を含むのがやっかいだ。
買えるとするじいさんは、近所のスーパーで焼き芋が売っており、500円もしなかったと反論する。「よく知りもしないのに……」と付け加えるのが火に油を注ぐ。
おそらく、どちらの話も真実なのだろう。たしかに原宿付近で見かけた石焼き芋は勇気が必要な値段だった。
また、近くのスーパーでは、入り口すぐのところでおいしそうな焼き芋が売っている。試しに買ったこともあるが、数百円だったと記憶している。
気の毒な芋屋
じいさん達の声はそこそこに大きい。最初、口論だから大きいのかと思ったが、おそらく耳が遠いのだ。口論の内容は大したことではないが、声の大きさが一大事に感じさせる。
互いに手持ちの言葉が増えない舌戦。同じ事例を繰り返すばかりの平行線。論争に巻き込まれた芋屋のおじさんは、そりゃもうずっと困った顔をしている。
おじさんが紙袋を手にしているところを見ると、どちらかのじいさんが買おうとして、この論争の口火が切られたのではないか。
終わらない口論
当初から論争はすぐに収束すると思われた。その理由は明白で、芋屋のトラックの荷台に価格表が貼られているのだ。はっきりと1つ300円とある。
500円で買えないじいさんの右目、500円で買えるじいさんの左目の方に少しだけ意識を向ければ、この話はきっと終わっていた。
が、終わらない。
価格表には1つ300円、2つ500円、3つ700円とある。困った顔の芋屋のおじさんは、舌戦に割って入るように値段を口にした。
すると、先ほど500円で買えないと主張していたじいさんが、2つ500円の「500円」だけをたくみに聞き取り、それ見たことかと言葉でねじ伏せにかかった。
「こんなとこでも500円するじゃねぇか」
言われた側の500円しない説を主張するじいさん。ここでちゃんと価格を確認すれば勝ちが見えていたのだが、
「500円なんてとんでもない焼き芋屋だ」
と言い出した。かくして戦線は不幸な形で拡大した。
互いに、とんでもない焼き芋屋だと意気投合。芋500円買えないじいさんは自説を繰り返し、芋500円で買えるじいさんは「ならスーパーで買う」との主張に変えて、再び口論するかのように話し続けている。
窓辺のばあさん
芋屋のおじさんの困ったような笑顔の中、自分のほかに実はもう1人の目撃者がいた。少し離れた一軒家の窓から顔をのぞかせている小柄なばあさんだ。
ばあさんは芋屋の方に顔に向けて、あまり大きくない声で
「買えたの?」
と言っている。しかし、その声はじいさんたちの射程外。声は全く届いていない。
おそらくだが、ばあさんはどちらかのじいさんの奥さんなのだろう。買ってと言ったのか、じいさんが買うと言ったのかはわからないが、そんなやりとりがあった後、焼き芋屋を呼び止めたはずなのだ。
ばあさんがサイフを持っているところを見ると、じいさんは呼び止め役だったと思われる。
去る
論争を見届けていると昼ごはんを逃してしまうから、この場を去ることにした。
去り際、芋屋のおじさんの方に手をあげた。おじさんはすぐに気づいて、こちらに目をやる。そこには顔をのぞかせるばあさんがいる。
「買えますよ」
とは言えなかったが、ばあさんはきっと焼き芋にありつけるはずだ。
さて、お昼は何を食べようか。