selective focus photography of magazines

見たいものしか見ないでいい時代

言うまでもなく世間には情報があふれていて、欲をかかなきゃそこそこの暮らしがそこそこに実践できる。人は見たいものしか見ないで済む時代に生きている。

恐る恐るのぞき込むこともできる一方で、目をそむけることもたやすい。見たいものしか見ないでいいのは、それなりに快適だ。好んで苦しむことはない。

手の届く範囲の見たいものしか見ないでも、おそらくそんなに困らない。知らないことは増えていくが、知らないままでいることは現状の居心地のよさが実現しているなら、知らないことさえ知らないままでいられる。

情報はあふれている。そういう時代にメディアをやっている。だから、読まれない前提で文章は書かないといけない。読者はあなたをあなたと認めてくれる友達でも恋人でも親兄弟でもない。だから、読まれない前提で読んでもらうための文章を書くべきだ。

もしくは、読まれなくてもいい前提で書くのも手だ。仕事で書く文章とプライベートで書く文章は違う。仕事でないなら好きに書き散らかした方が楽しいはずだ。読んでもらえたら嬉しいな、くらいで言葉を吐き出すのも悪くない。

それが仕事であるなら「読まれる」べきで、その上で「伝わる」ことが求められる。読まれもしなきゃ伝わりもしないなら、書かなくていい。

動画も同じだ。それが仕事であるなら「観られる」べきで、その上で「伝わる」ことが求められる。「伝える」ではなく、その結果である「伝わる」が伴わなければプロじゃない。

と、まぁ自分を追い込んでみたんだけど、これは全く得がない。得がない上に、この週末にやるつもりだった仕事があと1本残っているのに、やる気と時間がない。要するにもう1日休みが欲しい。

メディアの編集長と事業責任者と、会社の広報を兼務している老害

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