ローカルという言葉は、あとどれくらい持つのだろう。
中央集権、都市偏重だった時代もずいぶん前に過去になろうとしている。今はまだ、流れ去るものをつなぎ止めようと「名残都市」が色濃くあるけど、それだってわりとかつての残像な気がする。
東京はすごくローカルになってきていると感じる。東京もローカルになってしまったら、ローカルという言葉自体は存在価値を失う。都市のエッジは20年くらい前からぼやけて、郊外はもうかつての残骸のような状態だ。
自分と都市をつなぎ止めるものは、仕事・本屋・映画館くらいだ。仕事がリモートワーク中心になると、ネットワーク設備さえ整っていればどこだってできる。
Amazonでは目的の本は買えても、本屋での体験は得られない。それも時間の問題かもしれない。コロナ以降、映画館からは足が遠のいている。
もう少しだけ遠くに拠点があってもいいな。そんな風に思って、ふと我に返った。
そうじゃなくって本当は、旅を欲しがっているのかもしれない。渇いているのは都市でもローカルでもなく、旅先での情緒。旅情なのかもしれない。