何となく電車に乗って終点駅の知らない街にやってきた。特に用事はなかったけれど、せっかく来たのだからどんな場所か見てやろう。そんなつもりでいた。
改札を出ると目の前に小さなフードコートがあった。軽食のテナントがいくつか並び、たくさんのイスと机が並んでいる。中途半端な時間だったこともあるのか、食事をしている人は見当たらない。学生がノートを広げて勉強している姿が目立つ。
お店を何となくながめて、パン屋の前を通り過ぎた。小さなパン屋のレジには「ブレンドコーヒー」の文字があった。そういえば朝飲んでからコーヒーにありつけていなかった。ちょっと休憩していこう。街の散策はそれからだ。
お腹は空いていなかったから、ブレンドコーヒーだけ注文した。駅前の店ということもあってかSuicaで決済できた。コーヒーが出てくる間、店員さんと砂糖やミルクのやり取りをしていると、後ろから割って入ってくる声があった。
トリオ
「えーとね、コーヒーとココア、あとミルクティーね」
振り返ると、小柄なお婆さん3人が店員さんをまっすぐ見つめている。自分のことはまるで見えていないようだった。
お伝えしておくと、私は体重100kgを超える巨漢だ。目に入れずとも視界に入ってしまい邪魔になることもある。ところがお婆さんたちは、目の前にいる自分のことがまるで見えていないようだった。
困ったのは店員さん。大学生か高校生、おそらくアルバイトなのだろう。Suicaの決済を終え、コーヒーカップが調理場から出てくるまで、私と砂糖やミルクのやり取りをしていたのだ。
彼女には私が見えている。私とのマンツーマンのコミュニケーションに割って入ってきたマスターヨーダ3人組に、私とヨーダを交互に見てどちらと話すべきか、明らかに困っていた。
若い女の子が困っている! こちらはとりあえず大人の余裕。いや、都会人のたしなみというべきか。冷静をよそおって軽く笑みを浮かべながら「どうぞ」と、ヨーダたちのために場所をあけてあげた。
もちろん店員にも、軽く笑みを見せ「大丈夫、大人で都会人の落ち着いた紳士だから。こんな突然のことにも全然動じないし、アクシデントも余裕で譲れるし、心が広くて意外とかっこいいでしょ」みたいな顔をした。
でも、そんな笑顔も失敗だった。
見えてない
マスターヨーダ×3には、そもそも自分が見えていなかった。こちらが場所をあけたことも、店員が困っていることも関係なく、コーヒーとココアとミルクティーを注文して店員の次の反応を待っている。
こちらもちょっと傷ついた。無視は傷つく。そしてうろたえる。ちょうど調理場からコーヒーを持って別の店員がきてくれたから、我にかえることができた。
「全く困った客人だね」
困った顔の店員には目線でそんなアピール。こちらはレジを離れた。背中の方で、レジの店員がココアがないことをマスターヨーダに説明している。
で、本当に困ったのはここからだ。
隣に……
フードコートは少なく見積もって30席はある。足の長い背高のイスは学生たちが勉強に使っていたから、こちらはそこから少し離れたテーブル席についた。
テーブルを挟んで向こう側のイスに、着ていたコートをかけ背負っていたリュックを置いた。リュックから手帳を取り出して今あったことをメモしておこう。(自分はメモ魔だ)
手帳にいつもの調子でサラサラと起こったことを書いていく。きちんとした言葉ではなく、感覚を忘れないうちにメモを急いだ。
と、その隣に先ほどのマスターヨーダ3人組が座ってきた。フードコートは一部学生たちが多いエリアがあるものの、ほかは空いていた。何も好き好んで、自分の隣に座る必要はないではないか。
4人がけのテーブルはほかにもあった。しかし、レジから一番近い4人がけテーブルがたまたま自分の隣にあった。でも、わざわざ隣に座らなくね? ほかにも席はたっぷりあるのだし。
こちらは動揺した。なんせ今あったマスターヨーダとの出来事をメモしている最中に、隣に本人が座ってきたのだ。もしや気づいているのか!? ヨーダの方を見るどころか、メモ帳から顔を上げることもできなかった。
ロイヤル
一方、マスターヨーダ3人組はそんな自分にお構いなし。
ココアがないことにブツブツ言い、じゃアンタ何にしたのよ?
ロイヤルミルクティーよ。
ロイヤル?
私のミルクティーと同じじゃないの?
こっちはロイヤルミルクティーよ。
なによそれ?
わからないけどちょっと高いのよ。
なに二人ともコーヒーは飲めないわけ?
飲めるわよ、けどココアが飲みたかったのよ。
でもココアないじゃない?
そう、ないからロイヤルミルクティーにしたのよ。
でそのロイヤルは何なのよ。
私のミルクティーはロイヤルじゃないの?
違ううんじゃないの、50円違うんだし。
50円は何なのよ?
知らないわよ50円がロイヤルなんでしょ。
二人して飲めるならコーヒーにすればいいじゃない。
といった具合。
急に隣でマシンガンでの銃撃戦が始まった気がした。銃撃戦は相手に銃口を向けてやっていただきたい。この舌戦は四方八方に言葉が飛んでいく。
そんなやり取りの末、3人の飲み物ができた。
茶飲み話
飲み物がくるとヨーダの言葉は穏やかになっていった。少しずつ暖かくなってきたけど、日が落ち始めるとやっぱりちょっと寒いだなんだ、と。マスターヨーダたちはお茶を楽しんでいるようだった。
それから、共通の知り合いの近況的を話しながら、最近はコロナもあってあまり家から出ないから、駅前にくるのもちょっと楽しいし、駅まで少しあるけどちょうどいい運動になるだなんだ話していた。
いわゆる普通のおばちゃんの世間話になって、何となくこちらの気持ちもなごんだ。
そろそろフードコートを後にしよう。そう思ってメモ帳をリュックにしまい、上着に袖を通していた。
「あら、ちょっと私のこれコーヒーじゃない?」
ヨーダの一人が言い出した。
なによ飲み物違ったの?
そういえば私のミルクティーじゃなくてコーヒーよ。
あら私なに頼んだっけ?
あなたはロイヤルよ。
ロイヤルって何よ?
あなたのそれはロイヤルじゃないの?
私はココアが飲みたかったのよ。
でもなかったからロイヤルにしたんでしょ?
そうでした。
私のこれがロイヤルなの?
わからないわよ、でも私はコーヒーを頼んだのにミルクティーよ。
ああだから私はコーヒー飲んでるのね。
みたいな時空のねじれトークが続く。
また、相手を見ない銃乱射が始まった。結局、ヨーダたちは3人揃って
「あらヤダァ」
なんて言って状況のおかしさを笑っていた。
しかし、こちらはもう無理だ。最初からだけど、もう聞いていられない。さっきからロイヤルロイヤルうるさくて、マジで頭の中がこんがらがって溶けてしまいそうですごい楽しかった大好きありがとう。
そんな気持ちでフードコートを後にした。なんだか満足して街を散策することもなく帰りの電車に乗った。