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ここで1年を振り返る。メディアおじさんと新米広報として

bouncyのみんなと新会社を設立してもうすぐ1年が経つ。あっという間の1年だ。bouncyを楽しみにしてくれる人たちの気持ちに応えつつ、彼らをアッと言わせる意外性を提供する。同時に、未来のビジネスを考え、足元の売上げを求めて右往左往する。そんな日々を続けている。

……と、はっきり言えたらかっこいいのだが、実際にはジタバタしている。

広報1年生ふりかえり

昨年より、メディアの事業責任者と編集長に加えて、新会社の広報担当も兼務するようになった。広報さんは明確な数字をともないにくい職種のため、この1年の成果は伝えにくい。この成果が見えにくい点が広報担当を悩ませる。自らの行動の結果をやりがいに昇華しにくいからだ。

自分には悩む時間なぞない。また、悩んで足が止まるくらいなら手数を増やして打開した方がよいと考えている。バカを自覚し、恥と汗をかくことをいとわない。メディア運営と同じようにアクションしていこうと思う。

新米なのだし、世の中と会社を繋ぐ潤滑油として、社内のスタッフの潤滑油としてある程度機能していれば上出来だと思う。

bouncy5年生ふりかえり

bouncyでの生活も5年経った。事業責任者としては、あと2カ月で5年だ。

この間、動画スタートアップ→伝統の新聞社→新聞社発ベンチャーと3社に転じながらサバイブしている。このため「5年」の重みはあまりない。

ましてや、今の会社は設立間もない。基本的に足りない部分を皆でやりくりし、それに追われている感覚がある。

bouncy1年生だったころ、出会ったメンバーに世間で戦えるスキルセットを提供し、彼らが自らの力で羽ばたいていく。そんなチャンスメイクができたらと考えていた。それができたら自分の役割は果たされると思っていた。

ところが、わりと羽ばたいていかないw 経験も積んだし、スキルも5年前とは比べものにならない。客観的にみて、かなり成長している。すっかり大剣をぶんぶん振り回す戦士になったと思っているのだが、想像よりも多くのメンバーがbouncyで活躍している。

bouncyが好きすぎるのか、居心地がよいのか、学び足りないと考えているのかはわからない。何も言わないでもアクションするスタッフが増えて、こちらはただ頼もしく感じることが増えている。彼らに満足度の高いメディアライフを提供できていればよいが、そこは自信がない。でも、彼らと仕事をするのは楽しい。楽しいは正義。

それどころか、朝日新聞社のベテラン記者を編集部に受け入れた。今では貴重な戦力として前線で活躍している。動画の作り手として、ライブ配信のディレクターとして手腕を発揮している。

半年に一度、朝日新聞社で動画のビジネス研修を行っている。数年やっていることもあり、今では本社に動画の研修を受けて動画を仕事にしている人たちもいる。学校が嫌いで、登校するふりをしてそのまま昼くらいまで自転車をこいでいた自分が、教えることがあるという不思議。人生はわからない。

変化を日常に

「変化を積極的に肯定して受け入れる。変わらないものを変わらずに提供するには、常に自らが変化し続けねばならない。」

昔、伝統工芸の担い手からそんな話を聞いた。なんとなくしっくりきて、自分のおじさん化を鈍らせるために胸に刻んでいる。

変わらないことでさえ、自信が変化し続けねば提供し続けられず、ましてや新しいことは、さらに周囲を巻き込んで周囲をいつの間にか変化させていかねばならない。大変だ。大変だから楽しい。

気がつけば、見渡す限りおじさんだ。世間はどんどん老人に向かう。

かつて、つまらないことを憎んでいた若者たちは、いつの間にか変貌した。つまらないことを平気で口にして、自らつまらなくしていることを顧みることなく「現実を直視せよ」などと言う。

ユユシキ事態もケシカラン世間も、自らが変化すれば、素敵な未来に変わる。世の中はそうやって変えられる。世間に怒りを燃やすくらいなら、自分が変化し世間を変えた方がいい。それができなくなったかつての若者が、ピッチ上でヤジ将軍になる。それはちょっとダサいんじゃないだろうか。

「一期は夢よ、ただ狂え」

大好きな鈴木清順監督の座右の銘だ。なにやら昔のエロい言葉の端くれらしい。どうせ人生なんて大したものではない。ならば自ら進んで狂っていきたい。次の1年も狂い咲けたら楽しいに違いない。狂い咲こうぜ、このサンダーロードで。

メディアの編集長と事業責任者と、会社の広報を兼務している老害